連合奈良青年委員会「平和学習in長崎」開催報告

連合奈良青年委員会「平和学習in長崎」開催報告
今回、連合奈良と連合長崎の青年委員会同士の交流と平和学習を目的に長崎を訪問(7月5日~6日)しましたので、以下の通り報告します。

地方ブロックを越えた交流がついに実現
2010年の連合本部主催のユースラリーで連合奈良の田中青年委員長と連合長崎の芳川副事務局長との個人的な交流をきっかけに、スケールメリットを活かした取り組みがついに実現することとなりました。繁忙期の平和行動の時期を外したことで連合長崎の手厚い対応を受けることができ、連合奈良のためだけの特別な平和学習の機会となりました。また、地方ブロックを越えての交流はほとんど前例のない取り組みであり、非常に価値のある取り組みとなりました。


【語り部による被爆体験講話  7月5日(土)14:30~15:20、連合長崎会議室】 
 
唯一の被爆国として核廃絶への責務を果たしたい
 連合長崎に到着してまもなく、平和学習の一つ目として山田一美さん(80)を招いての語り部による被爆体験講話を受けました。山田さんが語る原爆が投下された日の記憶はとても鮮明で、友人との会話や自身の一挙手一投足を語ってくれました。服はボロボロで全身にケガを負ったたくさんの人が中心部から絶えなく続く列を眺めた様子を語り、「忘れられない記憶だ」と話しました。
また、「原爆は許せないが原発への平和利用はこれまで良いと考えだった。だが、福島の事故以降は安全に使える核はないと思うようになってきた」と複雑な胸の内を明かしました。最後には「唯一の被爆国として核廃絶への責務を果たしたい」と力強いメッセージで締めくくられました。
 
 
【連合長崎青年委員会との意見交換会  7月5日(土)15:30~17:00】
 両青年委員会の最大の関心は男女交流イベント⁉
語り部による被爆体験講話のあとは、両青年委員会から活動報告を行いました。連合長崎からは、平和の取り組みを中心とした活動、連合奈良からは連コンをはじめとする各種行事や韓国労総との文化交流など代表的な取り組みを紹介しました。そのままの流れで進んだ意見交換会では、自分たちの活動をより良いものにするためのノウハウを少しでも取り入れようと積極的な質問、意見が交わされました。中でもメンバーの関心は男女交流イベントで、連合奈良の「連コン」や連合長崎の「ユース21交流集会」では共通の悩みとして「女性の参加者へはどのようにアプローチすればよいか」などの意見交換や「奈良のノウハウを活用してぜひ長崎でも連コンを」と働きかける場面もあるなど、ざっくばらんな意見交換をすることができました。

  
【フィールドワーク①  7月6日(日)9:00~12:30、軍艦島】  
かつては栄えた炭鉱の島で歴史を学ぶ
2日目はあいにくの雨模様となり、ときおり強い雨に見舞われる一日となりました。そんな悪天候の中でも、朝から繰り出した長崎港では出発して間もなく目に入る数多くの造船所に基幹産業の存在感を感じることができました。
当日は連合長崎の芳川副事務局長にも同行していただき、途中、高島の石炭博物館を経由して軍艦島(端島)に到着。なんとか上陸を果たし(上陸率約70%)、歴史ある文化財に触れることができました。

 
 
フィールドワーク②  7月6日(日)14:00~16:30、原爆資料館~追悼平和祈念館~原爆「落下」中心地碑~浦上天主堂遺壁~平和公園(平和の泉~長崎の鐘~平和祈念像) 
エピソードに耳を傾け、生命を尊び平和を願う
午後からも引き続き、芳川副事務局長の案内を受けピースウォークに向かいました。
時間の関係上、すべての祈念碑を見ることはできませんでしたが、代表的ないくつかについて目にすることができました。都度、芳川副事務局長から丁寧な説明があり、奈良のメンバーは熱心に耳を傾けていました。
原爆資料館:被爆直後の長崎の惨状を再現した展示や核兵器開発の歴史などを学ぶことができます。
追悼平和祈念館:被爆者の手記閲覧や、追悼空間では原爆死没者の氏名を登載した名簿が納められています
原爆「落下」中心地碑: 3つの地点の熱線によって生じた影をたどって交わった地点であったため
                                  爆心点とされています。爆心点とされるところには、高さ10mほどの三角形の
                                 標柱が設置されています。
浦上天主堂遺壁: 東洋一の大聖堂と言われた赤レンガ造りのロマネスク様式の天主堂。
                        原爆ドームと同様に永久保存の声があったものの、破損が著しく保存が困難であるなどの
                        理由から爆心地公園内に移設されています。
平和の泉:  水を求めて亡くなっていった多くの痛ましい霊に水を捧げる意味を込めて設置されました。
       連合長崎では、青年・女性委員会が中心となり毎年の平和集会前段で清掃ボランティアが
       行われています。
長崎の鐘:  鐘を支える4本の柱は、動員学徒、女子挺身隊、徴用工、一般市民を表し、
       その鐘は浦上に鳴り響くアンゼラスの鐘を模したものです。8月9日には市民によって
       終日浦上の町に音色を響かせます。
平和記念像: 高く掲げた右手は原爆の脅威を、水平に伸ばした左手は平和を、軽く閉じた目は原爆犠牲者の
       冥福を祈っているとされています。

平和学習&意見交換会を通じて…(参加者所感)

今回の平和学習in長崎に対しては特別な思いで準備を進めてきました。
平和学習の面では、生命を尊び、平和への思いを頭によぎらせる非常に重要な機会であることは言うまでもありませんが、今回はもうひとつ大きな意味がありました。地方連合の青年委員が自ら働きかけ地方ブロックをも越えた交流を実現させたことです。2010年の連合ユースラリーでつながった仲間との再会は今回で2度目になります。昨年の平和行動in広島での連合岩手の仲間との偶然の再会を話題にしたことがきっかけで、今回の長崎での芳川副事務局長と3年9か月ぶりの再会が実現しました。時間が経っても変わらず肩を組んで語り合える仲間が全国にいることに対して本当に嬉しく、また心強く感じました。
これからもこのネットワークを最大限に活用し、スケールメリットを活かした青年活動を進めていきます。

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連合長崎 青年委員会では平和行動、平和ボランティア活動をメインに、また連合佐賀と青年・女性委員が毎年100人程度参加する「ユース21交流集会」を開催されており非常にパワフルで積極的に活動をされている印象を持ちました。
  平和学習では、被爆者の方の話を聞かせていただき、長崎原爆資料館、国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館等を見学させていただきました。
 1945年8月9日午前11時02分、わずか3秒程の間に都市を壊滅させ尊い命奪った原子爆弾。自分たちの平和学習が何かを変えることはできません。しかし、自分たちが見た、聞いたことを一人でも多くの方に伝え、それがその人達を自らの目で映像や真実を見て感じてもらえるようにすることが大きな役割だと感じました。
 世界では約2000回以上の核実験(原爆と水爆)が行われています。そして多くの国が核兵器を保有し、いつどこであの悲劇が起こってもおかしくはありません。私たち青年委員の活動が少しでも人の心を動かし、何か変えることのできるきっかけとなれるよう活動してきたいと思いました。

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長崎空港に到着したのは7月5日のお昼前でした。空港付近は田舎という印象でしたが、長崎市街地に入るとその印象は一変しました。たくさんの人や車が行き交い、ビルが立ち並ぶまさに都会で、以前に原爆を投下された街とは全く想像できないくらいで驚かされました。
この平和学習の中で一番心に残ったことは「ヒバクシャ」の山田さんの被曝体験のご講話です。原爆の惨さを改めて思い知らされましたが、その中でも「平和利用と言っても福島第一原子力発電所の事故を見ていると、人類と原子力は共存できないと改めて感じた」と仰っていたことは、原子力発電所を抱える電力会社の労働組合に所属する私には胸を締め付けられるお話でした。原発の再稼働は未だ見通せないままですが、広島と長崎のヒバクシャの皆さん、また福島の皆さんの思いにしっかりと耳を傾けていくことも、私なりに重要であると思いました。
今回の平和学習で学んだことをこれからの青年委員会や単組での活動の中で、仲間に向けてきっちりと発信していきたいと思います。

平和学習は被爆体験者の山田一美さんの悲惨な体験談よりスタートしました。戦時中ながらも普段通りの暑い夏の一日。たった一つの原子爆弾により一瞬にして都市が地獄絵図と化し、被爆者の苦しみながら息絶え、尊い命が奪われていった光景、また奇跡的に生きながらえた人々の放射能による後遺症や二度と消えない火傷の跡そして心の傷。ただただ戦争の悲惨さ、平和のありがたさを痛感しました。
この平和学習で特に印象に残った場所は「長崎原爆死没者追悼平和祈念館」の見学でした。膨大な体験談を様々な媒体で記した遺影・手記閲覧室や、致命傷を負った被爆者が水を欲して亡くなったことへの追悼の意味を込めた大きな水盤、死没者名簿を保管する巨大な追悼空間やそれをゆっくり巡礼できるような構造。込められた意思として原爆を絶対に風化させない、後世に語り継がないといけないといった強い気持がひしひしと伝わりました。
連合長崎青年委員や被爆体験者の山田一美さんの意思を受継ぐべく、引続き平和活動に積極的に参加し、奈良の組織において若い世代に「平和の素晴らしさ」発信し続けていきたいと思います。

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7月5日から2日間、連合長崎を訪れ、平和に関して学習してまいりました。まず現地では、実際に被爆された山田一美様の被爆体験講話を聴き、あらためて原子爆弾の威力の凄さ、原子爆弾が非人道的な兵器ということを実感させられました。山田さんは爆心地から、2.3kmの路上で被爆され、幸い岩陰にいたため怪我もなく無事だったそうです。何十年たった今でも、通っていた学校が一瞬の爆風で飛ばされ、自宅の前を怪我した人々が、行列で歩いている姿を、今でも心の中に鮮明に覚えているそうです。戦争の恐ろしさを再確認すると共に、平和がいかに大切だと分かる講演でした。2日目は、平和学習会(ピースウォーク)を行い、原爆資料館、長崎原爆死没者追悼平和祈念館、原爆落下中心地公園、平和公園を巡りました。現在、原爆被爆者が高齢化になったと、報道されています。高齢化した被爆者に代わって、我々が平和活動の継承者となり、平和な社会を実現させられるよう活動をしていきたいと思っています。
 

労働相談ホットライン フリーダイヤル:0120-154-052


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